パシリになった大学教授
シドニーの職場にパートタイムで働きに来ているメキシコ人の大学院生がいた。
あるとき彼女と
新参者がオーストラリアで職を得るのは難しい
という話になった。(実際に私も苦労した。)
聞けば彼女の夫が職探しに苦労しているとのことである。
職歴が最重視されるオーストラリア
オーストラリアでは、オーストラリア内での職歴が最重視されるのだ。
つまりオーストラリアの会社で一度も働いたことのない人は、ほぼ永久に就職できない。
そうすると論理的には誰一人として就職できないはずなのに、会社勤めしている人は普通にたくさんいるというパラドックスなのである。
(このパラドックスについての考察は後日行う。)
彼女の夫はシドニーに来てからはDeliverooのような、自転車で食事を宅配するバイトをやっているとのことだった。
(Deliverooを通じて誰かが飲食店にデリバリーを発注すると、近隣の路上で待機している登録者に割り当てられ、受注した人物は店から発注者の家までチャリで宅配するという仕組みである。一回あたりの報酬は数ドル。もちろんチャリでなくバイクや車で運んでも良い。)
私の妻が働く会社ならひょっとしたら雇ってもらえるかもしれないと私は言った。
というのも、オーストラリアでは珍しいことに、そこはあまり職歴を問わないからだ。
「彼はメキシコでは何やってたの?」
プロフィールをまとめるために、私は尋ねた。
彼女は答えた。
「プロフェッサー」
「えっ?」
プロフェッサーとは、つまり大学教授である。
聞けば彼女は、その教授の教え子だったらしい。
(教授と聞くとちょっとしたご老体を想像したりもするが、後に飲み会で出会った彼を見て、そうでもないことが分かった。つまり若くして教授になったということだ。)
彼らの結婚を促したのは渡豪だった。
彼らはオーストラリアに来るにあたり、まず女性の方が学生ビザを取得し、そこに紐づくことになるパートナービザ?をゲットするために結婚したということだ。
(詳細は忘れたが就労には問題ないようだった。)
「彼は英語は上手いの?」私は訊いた。
「わたしより上手い」
私にとって、そのメキシコ人大学院生の英語はほとんどネイティブだった。
それよりも上手いというのは、一体どんなレベルを指すのだろう。
前回私は、日本人が英語圏に移住すると、英語カーストの最底辺に落とされると書いた。
その彼は、大学教授という言わば最高レベルの社会的地位から突き落とされた。
昨日まで知識を授ける立場だった教授と、それを受ける側だった学生が、今日は路上でデリバリーの受注を取り合うという図はコメディさながらだ。
日本人がオーストラリアで就職活動するとしたら
ネイティブレベルの英語に加え、高度な専門知識を持っているはずのプロフェッサーでさえこうなった。
だから一般的な日本人なら英語の問題に加え、オーストラリア内での職歴なしという二重苦に喘ぐことになる可能性がある。
結局、私はプロフェッサーの就職先を斡旋するには至らなかった。
妻に相談すると、その会社はもっと若い人を雇いたいはずだということだったから。
その元教授はメキシコで、企業相手に経営コンサルティング的なこともやっていたらしい。
この一件は、既存ビジネスの経営に部外者があーだこーだ評論できることと、自らビジネスを興し経営することは別物だということを示唆している。
しかしその逆もまた真なりなのだ。
ずさんな職場
私がシドニーで働いていた会社はそれなりに儲かっていたようだが、何事も杜撰でどんぶり勘定だった。
日本だったら絶対に生き延びられないと思う。
少し改善するだけでもっと成長できそうだったが、自分たちは結構イケてると、勝手に満足しているようだった。
全ての工程を改善するからもしうまくいったら給料を上げて欲しい、そう私は持ちかけたかったが、そもそも改善になど興味がなさそうだった。
私としてはそのプロフェッサーを招いて、カツを入れて欲しいくらいだった。